ITコスト削減の進め方:SaaS・クラウド・保守費を見直す手順
契約台帳でITコストを可視化し、SaaSのライセンス最適化、クラウドの不要リソース・予約割引・ストレージ階層、保守・通信費の見直しを順に進める手順と、削ってはいけない費目、稟議の書き方をまとめました。
ITコスト削減とは、ITにかかる費用を「何に・いくら・なぜ」払っているかを可視化したうえで、使われていないもの、過剰なもの、より安い代替があるものを順に見直し、浮いた予算を必要な投資に回す活動です。単に減らすことが目的ではなく、経営に「ITは金食い虫だ」と言わせない構造を作ることが目的です。
手を付ける順番は「効果が大きく、業務への影響が小さいもの」からで、可視化、SaaS、クラウド、保守・通信・ハードウェアの順が定石です。削りすぎると数年後にセキュリティ事故や属人化として跳ね返るので、削ってはいけない費目の線引きも先に決めます。契約台帳の列、クラウドの見直し手順、稟議の書き方、年間カレンダーまで、実際に回している形で整理します。
この記事でわかること
- ITコストを8つの費目に分けて可視化する方法と、契約台帳に持たせる列
- SaaSの棚卸しとライセンス最適化の手順、「一番安いプラン」が高くつく仕組み
- クラウドコストが増える理由と、不要リソース・予約割引・ストレージ階層の見直し手順
- 保守契約・通信費・ハードウェアの見直しポイントと、削ってはいけない費目の判断表
- 経営層に通る稟議の構成、効果の測り方、年間サイクルへの組み込み方
ITコストの構造を可視化する
削減の前に、費用を費目ごとに「年額」で並べます。会計の勘定科目では通信費や消耗品費にITの費用が散らばっているので、請求書と契約書から情シスが自分で台帳を組み直す必要があります。最初の可視化には、直近12か月の請求書を集めて次の8費目に振り分けるだけで十分です。
| 費目 | 例 | 把握する単位 | データの出所 |
|---|---|---|---|
| SaaS利用料 | Microsoft 365、Google Workspace、チャット、会計、人事、営業支援 | 契約ごとの年額、ライセンス数、利用者数 | 請求書、管理コンソール、経費精算 |
| クラウド利用料 | IaaS/PaaSの従量課金、データ転送、ストレージ | アカウント・プロジェクトごとの月額と内訳 | 請求ダッシュボード、コストレポート |
| ソフトウェアライセンス・保守 | 業務パッケージ、開発ツール、年間サポート | 契約ごとの年額と更新日 | 契約書、ライセンス証書 |
| ハードウェア保守 | サーバー、ストレージ、ネットワーク機器の保守契約 | 機器ごとの年額、サポートレベル、機器のEOL | 保守契約書、資産台帳 |
| 通信費 | インターネット回線、拠点間回線、携帯電話、固定電話 | 回線ごとの月額と契約期間 | 通信事業者の請求書 |
| 外部委託 | 運用保守、ヘルプデスク、開発、コンサルティング | 契約ごとの年額と作業内容 | 契約書、発注書 |
| ハードウェア購入・リース | PC、サーバー、ネットワーク機器 | 年間の購入額、リース料、台数 | 固定資産台帳、リース契約 |
| 人件費 | 情シスの人件費、兼任者の按分 | 年額 | 人事・経理 |
この振り分けの結果を契約台帳に落とし込みます。台帳の列は「契約名、ベンダー、費目、月額または年額、契約開始日、契約期間、更新日、解約通知期限、自動更新の有無、ライセンス数、実利用者数、社内担当、用途」の13列です。運用ルールはひとつだけで、更新日の90日前に担当へ通知が飛ぶこと。自動更新の通知期限が「更新の60日前」なら、90日前に気づかないと解約できません。契約台帳を回すだけで、使っていないサービスが自動更新される損失が消えます。
SaaSの棚卸しとライセンス最適化
SaaSは効果が出やすく業務への影響が小さいので最初に手を付けます。手順は5つで、全SaaSを一覧にする(請求書、法人カード明細、経費精算、SSOのログイン記録から集める)、ライセンス数と実利用者数を比べる、90日以上ログインのないアカウントを回収する、上位プランを全員に付けていないか確認して必要な人だけに付け替える、機能が重複するサービス(チャットが2つ、ストレージが3つ)を統合する、です。一覧の作り方と棚卸しの回し方はSaaS管理の始め方にまとめています。
| 見直し項目 | やり方 | 効果の出やすさ | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 未使用ライセンスの回収 | 90日未ログインを抽出し、部門に確認のうえ解除 | 高い。即月から効く | 季節業務(年末調整など)で使う人を誤って外さない |
| プランの適正化 | 上位プランの機能を実際に使っている人だけに残す | 高い | SSO・監査ログが上位プラン限定なら情シス分は残す |
| 重複サービスの統合 | 同じ用途のサービスを1つに寄せ、データを移行 | 中。移行工数がかかる | 部門の反発。移行期限と代替手順を先に示す |
| 年払い・複数年への切り替え | 利用が安定しているものだけ年払いに変更し、割引を交渉 | 中 | 人数が減る見込みがあるなら月払いのまま |
| 退職者アカウントの即時停止 | SCIMまたは退職手続きのチェックリストに組み込む | 中。継続的に効く | 停止前にデータの引き継ぎ先を決める |
ここで「一番安いプラン」が高くつく仕組みを押さえておきます。下位プランにはSSO、SCIM、監査ログ、管理者による一括操作が含まれないことが多く、その分の入退社処理、パスワードリセット、アカウント棚卸しが手作業になります。仮に毎月の入退社が5件、1件あたりの手作業が30分としても年30時間で、それに退職者アカウントの残留という漏えいリスクが乗ります。この工数と上位プランの差額を比べると、利用者が数十人を超えたあたりで逆転することが多く、「安いプランで手作業」が実は高い、という判断になります。逆に利用者が10人以下の部門ツールなら、下位プランで手作業の方が安く済みます。
クラウドコストの見直し:不要リソース・予約割引・ストレージ階層
クラウドのコストが増え続けるのには構造的な理由があります。従量課金の多くは「使った分」ではなく「確保した分」に課金される(起動したままのVM、割り当てたままのディスク、確保したままのIPアドレス)こと、作った人と請求を見る人が違うので消す動機が誰にもないこと、そして成功したプロジェクトほどリソースが増えることです。対策は「見える化して、消す責任者を決める」が先で、割引の購入はその後です。
| 見直し項目 | 具体例 | 手順 |
|---|---|---|
| 不要リソースの削除 | どのVMにも接続されていないディスク、古いスナップショット、未使用のIPアドレス、停止し忘れの検証環境 | 請求レポートでリソース単位に並べ、所有者タグのないものを一覧化し、2週間の猶予を告知して削除 |
| スケジュール停止 | 開発・検証環境の夜間と休日 | 平日9〜20時のみ起動するスケジュールを設定。月の稼働時間が約3分の1になる |
| サイズ適正化 | CPU使用率が常時10%以下のVM、余裕のあるDBインスタンス | 2週間分の使用率を見て1〜2段階小さいサイズに変更し、性能を確認 |
| 予約割引・コミットメント割引 | 1年以上安定して動く本番VMやDB | サイズ適正化が終わってから、安定分だけ1年契約で購入。増減の見込みがある分は従量のまま |
| ストレージ階層 | ログ、バックアップ、過去年度のファイル | アクセス頻度で低頻度アクセス層やアーカイブ層へ移すライフサイクルルールを設定 |
| ログとバックアップの保持期間 | 無期限に溜まるログ、世代数の決まっていないスナップショット | 規程で保持期間を決め、それに合わせて自動削除 |
| データ転送料 | リージョン間やインターネット向けの転送 | 転送元と先を同一リージョンにまとめる。CDNの利用を検討 |
順番を守ってください。予約割引を先に買うと、その後のサイズ適正化で予約が無駄になります。サイズ適正化と不要リソース削除を先に終え、残った安定稼働分だけに予約を当てる。予算アラートは請求額の閾値ではなく「先月比で20%増えたら通知」のような変化率で設定すると、放置された検証環境を早く見つけられます。オンプレに戻す方が安いワークロードの見極めはオンプレミスとクラウドの使い分けで扱っています。
予約割引やコミットメント割引は、契約期間中に構成を変えると使い切れずに無駄になります。1年以内にリージョンの移動、インスタンスの種類変更、コンテナ化やサーバーレスへの移行を予定しているワークロードには買わないでください。柔軟性の高い割引タイプほど割引率は下がるので、安定して動いている本番のDBとVMだけに絞るのが失敗しない買い方です。
保守契約・通信費・ハードウェアの見直し
保守契約は資産台帳と突き合わせるだけで無駄が見つかります。廃棄済みの機器に保守が残っている、サポートレベルが全機器一律で「4時間オンサイト」になっている、メーカーのサポート終了(EOL)を過ぎた機器に保守料を払っている、の3つが典型です。サポートレベルは機器の重要度で分け、止まっても翌営業日で困らない機器は翌営業日対応に落とします。通信費は、拠点ごとに回線が重複している、使っていないアナログ回線やFAX回線が残っている、携帯電話の台数と料金プランが在籍者数と合っていない、複合機のカウンター料金が印刷量に見合っていない、を確認します。
ハードウェアは更新サイクルを決めることが削減になります。PCは4〜5年で計画的に入れ替える方が、故障のたびに緊急購入するより安く、保証内で修理が済みます。サーバーは仮想化で台数を集約するか、クラウドまたはSaaSへ移して物理機器そのものをなくす判断をします。リースと購入は、更新サイクルが決まっているならリースの方が資金繰りと廃棄の手間で有利になることが多く、長く使うつもりなら購入が安くなります。買い替えの相見積はRFPの書き方にあるRFQの形で、型番・数量・保守条件を揃えて取ります。
削りすぎのリスク:削ってはいけない費目
削減は数年後に「セキュリティ事故」「属人化」「技術的負債」として返ってくることがあります。費目ごとに、削ってよい条件と削ってはいけない条件を先に決めておくと、経営から「もっと削れないか」と言われたときに根拠を持って線を引けます。
| 費目 | 削ってよい条件 | 削ってはいけない条件 |
|---|---|---|
| EDR・バックアップ・MFA | 同等の機能を持つ製品への統合で安くなる場合 | 機能を落とす、対象端末を減らす、バックアップの世代や場所を減らす |
| 運用委託(MSP、ヘルプデスク) | 自動化やSaaS化で作業そのものがなくなった場合 | 作業が残ったまま情シスが吸収する(担当者の退職で止まる) |
| OS・ソフトウェアの更新 | 該当機能を使っていない場合 | サポート切れのOSやミドルウェアを延命する |
| ハードウェア保守 | 翌営業日対応で業務に影響しない機器 | 単一障害点の機器(コアスイッチ、基幹サーバー) |
| 教育・資格 | 業務と無関係な内容 | 担当者が1人の技術領域(副担当の育成) |
| ライセンスの上位プラン | 上位機能を誰も使っていない場合 | SSO・監査ログ・SCIMのために必要な場合 |
委託費を切って情シスが作業を引き取る削減は、人件費が見えないだけで安くなっていません。引き取った作業の時間を記録し、担当者の時給換算で「削減額から差し引いた実効効果」を報告してください。この数字を出さないと、次の年に「昨年も削れたのだから」と同じ要求が来ます。
経営層への示し方:稟議と効果の見せ方
稟議は「現状(年額と内訳)→施策→効果(年額換算)→リスクと対策→実施計画(誰が・いつ)」の5段構成で1〜2ページに収めます。効果は3種類に分けて書きます。実際に支払いが減る「削減」、値上げや増員を避けた「回避」、削減分を回す「再投資」です。回避を書かないと、値上げを飲まざるを得なかった年に「コストが増えた」としか見えません。数字は見積ではなく請求書ベースで、施策の実施後3か月・12か月の実績で報告する約束を稟議に含めます。
もうひとつ効くのが「削減額の一定割合を再投資に回す」提案です。たとえば削減額の半分をセキュリティ対策や担当者の教育に充てる、と稟議に書いておくと、経営から見れば削減がそのまま投資原資になり、情シスから見れば削るだけで終わらない構造になります。四半期ごとに費目別の推移を1枚にまとめて報告し、経営が「ITコストは管理されている」と認識している状態を作ると、次年度の予算折衝が楽になります。
年間サイクルに組み込む
コスト削減を一度きりのプロジェクトにすると、翌年には元に戻ります。予算策定のタイミングから逆算して、年間の固定行事にします。4月始まりの会社での配置例です。
| 時期 | 作業 | 成果物 |
|---|---|---|
| 4月 | 契約台帳の全件更新、前年度の実績集計 | 費目別の年額一覧 |
| 7月 | SaaS棚卸し(ライセンス数と実利用者の突合、未使用回収) | 回収ライセンス数と年額効果 |
| 9月 | クラウドの不要リソース削除とサイズ適正化、予約割引の購入判断 | 月額の削減見込み |
| 10〜11月 | 次年度予算の策定、更新が集中する契約の相見積 | 予算案、見積比較表 |
| 1月 | 保守契約の棚卸し(資産台帳と突合、サポートレベル見直し) | 更新・解約の一覧 |
| 毎月 | 更新日90日前の契約確認、クラウド請求の前月比チェック | 担当への通知、異常値の調査記録 |
新規契約の入口にも条件を付けます。契約前に「契約台帳への登録」「解約通知期限の確認」「エクスポート手段の確認」を必須にしておくと、翌年の棚卸しが軽くなります。契約条件の考え方はベンダーロックインとの付き合い方にまとめています。
つまずきポイント:コスト削減でよくある失敗
- 削減額を見積ベースで報告して実績と乖離する:「年間これだけ減る見込み」を報告した後、移行の遅れや例外対応で半分しか減らず、翌年の信頼を失います。効果は請求書ベースの実績で、3か月後と12か月後に報告する約束にします。
- 部門が契約したSaaSを止めて業務が止まる:情シスが把握していないSaaSを「未使用」と判断して解約したところ、月末処理で使う部門があり、緊急で再契約することになりました。解約前に必ず利用部門に確認し、2週間の猶予を置きます。
- 予約割引を買いすぎて使いきれない:サイズ適正化の前に予約を購入し、その後VMを小さくしたため予約が余りました。順番は「削除→適正化→安定分だけ予約」です。
- 保守を切った機器が壊れて緊急購入:コアスイッチの保守を「使ったことがないから」と切り、故障時に代替機の調達で1週間業務が止まりました。単一障害点の機器は保守を残すか、予備機を持つかのどちらかにします。
よくある質問
ITコスト削減の優先順位は?
効果が大きく業務への影響が小さい順で、契約台帳による可視化、SaaSの未使用ライセンス回収とプラン適正化、クラウドの不要リソース削除とサイズ適正化、保守契約と通信費の棚卸し、ハードウェアの更新サイクル見直しの順です。最初の3つは業務を変えずに済み、数か月で請求書に反映されます。
クラウドコストはなぜ増える?
従量課金の多くが「使った分」ではなく「確保した分」に課金されること、リソースを作る人と請求を見る人が違うため消す動機がないこと、成功したプロジェクトほどリソースが増えることの3つが構造的な理由です。対策は所有者タグの必須化、前月比の変化率アラート、検証環境のスケジュール停止で、割引の購入はその後です。
削減効果はどう測る?
施策前12か月と施策後12か月の請求額を費目ごとに比べ、年額換算で示します。値上げを避けた分や増員を避けた分は「回避額」として分けて書き、情シスが引き取った作業の時間は時給換算で差し引きます。見積ではなく請求書ベースの実績で、3か月後と12か月後に報告するのが信頼を保つ方法です。
まとめ
ITコスト削減は、契約台帳で可視化し、SaaS・クラウド・保守の順に見直し、削ってはいけない費目の線を先に引く、という順番で回します。効果は請求書ベースの実績で報告し、削減分の一部を再投資に回す構造にすると、削るだけで終わらず、経営にとって「管理されたITコスト」になります。年間カレンダーに固定して、一度きりのプロジェクトにしないことが最も効く削減策です。