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#security·FEATURE·2026.09.23 15:39 · 12 min read

ゼロトラストとは?情シスが最初の90日で取り組む実践ステップ

NIST SP 800-207の原則と境界型防御との違いを整理し、Microsoft 365やGoogle Workspaceの既存機能だけで進めるID→端末→アクセス制御の90日プランを完了条件つきで示します。

ゼロトラストとは、社内ネットワークの内側にいることを信頼の根拠にせず、すべてのアクセス要求を「誰が・どの端末で・どんな状態で・何に」の観点で毎回検証し、必要最小限の権限だけを与えるセキュリティの設計思想です。特定の製品の名前ではなく、米国NISTがSP 800-207で整理した考え方の総称で、購入して終わるものではありません。

ランサムウェアの侵入経路が「VPNの認証情報1つ」であり、侵入後は社内ネットワークの信頼を利用して横に広がる以上、境界の内側を無条件に信頼する設計は成り立たなくなりました。ここではNISTの原則と境界型防御との違いを押さえたうえで、Microsoft 365やGoogle Workspaceを使う中小規模の組織が、追加の製品をほとんど買わずに最初の90日で何を変えられるかを、日程と完了条件つきで整理します。

この記事でわかること

  • NIST SP 800-207の7つの基本原則と、実務で使われる3原則(明示的な検証・最小権限・侵害前提)の関係
  • 境界型防御が破られる仕組みと、VPNを「置き換える」のではなく「条件を付ける」という考え方
  • 「製品を買えば終わり」以外の誤解と、IdP依存・レガシーシステム・利用者の負担という弱点への対処
  • Day 1〜30(ID)、31〜60(端末)、61〜90(アクセス制御とログ)の具体的な作業と完了条件
  • SASE・ZTNA・SSEという用語の整理と、それらが必要になる境目

ゼロトラストの定義とNIST SP 800-207の基本原則

NIST SP 800-207(2020年)は、ゼロトラストを「ネットワークの場所を前提とした暗黙の信頼を排除し、リソースごとにアクセスの判断を行うための概念と設計の集合」と位置づけています。同文書が挙げる基本原則は7つで、要約すると次の通りです。

  1. データもサービスも機器も、すべてを保護対象の「リソース」として扱う(プリンターやIoTも含む)
  2. ネットワークの場所にかかわらず、すべての通信を保護する(社内LANでも暗号化と認証を前提にする)
  3. アクセスはリソース単位・セッション単位で許可する(一度入れたら何でも見える、を認めない)
  4. 許可の判断は、IDだけでなく端末の状態や振る舞いなどを含む動的なポリシーで行う
  5. 自組織の資産の完全性とセキュリティ状態を継続的に監視・測定する
  6. 認証と認可はアクセスを許可する前に厳格に行い、状況の変化に応じて再評価する
  7. 資産・ネットワーク・通信の状態をできる限り収集し、ポリシーの改善に使う

実務では、これを「明示的に検証する(Verify explicitly)」「最小権限(Least privilege)」「侵害を前提にする(Assume breach)」の3原則に圧縮して語ることが多く、Microsoftをはじめ多くのベンダーが同じ整理を使っています。7原則の1〜4と6が「明示的な検証」と「最小権限」に、5と7が「侵害前提」(侵入されている前提で監視し、被害範囲を狭める)に対応します。

アーキテクチャとしては、アクセスの可否を決める「ポリシー決定ポイント(PDP)」と、その決定を実際に適用する「ポリシー適用ポイント(PEP)」を分けて考えます。Microsoft 365で言えば、Entra IDの条件付きアクセスがPDP、各アプリケーションやプロキシがPEPです。この分離があるからこそ、「準拠していない端末からはSharePointをブラウザ閲覧のみに制限する」といった判断を、アプリごとに作り込まずに一元化できます。

境界型防御との違い:なぜ「中にいる」が信頼の根拠にならないのか

境界型防御は、ファイアウォールの内側を「安全な場所」、外側を「危険な場所」と見なし、境界を越えるときにだけ認証します。VPNはその境界に開けた穴で、認証に通った端末は社内LANのIPアドレスを得て、ファイルサーバーにもADにも直接届きます。ランサムウェアの攻撃者がやっているのは、まさにこの前提の悪用です。フィッシングで得た1人分のVPN認証情報(MFAなし)で入り、社内ではWindowsの標準機能(SMB、RDP、PsExec)で横に広がり、ドメイン管理者の資格情報を取ってバックアップから消していく。境界の内側では誰も検証しないので、止める機会がありません。

観点境界型防御ゼロトラスト
信頼の根拠ネットワーク上の位置(社内LAN、VPN接続済み)IDの強度、端末の状態、アクセス先ごとの権限
認証のタイミング境界を越えるときに1回リソースへのアクセスごと、セッションごと
侵入後の横展開社内では制限がほぼない端末・ユーザー単位の権限とセグメントで限定される
リモートワークとSaaSVPNで社内に引き戻す前提。SaaSは境界の外場所を問わず同じポリシー。SaaSも同じPDPで制御
ログの焦点境界の通過(ファイアウォール、VPN)ID・端末・アプリの各層(サインイン、EDR、SaaS監査ログ)
典型的な破られ方VPN機器の脆弱性、盗まれたVPN認証情報IdPの設定不備、例外扱いのサービスアカウント

VPNとの関係:置き換えではなく、条件を付ける

「ゼロトラストにするとVPNは不要」という説明は半分正しく、半分は誤解です。問題なのはVPNという技術ではなく、「VPNに入れた端末にネットワーク全体へのアクセスを与える」運用です。VPNを残したまま、(1)VPN認証にMFAを必須にする、(2)接続できる端末を会社管理の端末に限定する、(3)VPN内で端末やユーザーごとに到達できる宛先をファイアウォールで絞る、の3つを加えれば、それはゼロトラストの原則に沿ったVPNになります。WireGuardのように鍵とIPが1対1で固定される方式なら、(3)は送信元IP単位のルールで実現できます。

観点従来のVPN条件付きVPNZTNA
接続の単位ネットワーク(LANのIPを得る)ネットワーク(ただし宛先を絞る)アプリケーション単位(ブローカー経由)
端末状態の評価なし証明書や管理端末の限定で代替エージェントが継続的に評価
社内からの見え方VPN内の全端末が互いに見えるファイアウォールで制限アプリ以外は見えない(横展開の余地が小さい)
導入の手間小小〜中(既存資産で可能)中〜大(製品導入、アプリの登録)
向くケース拠点間接続、少人数SaaS中心だがオンプレの残るシステムが数個ある組織リモート人数が多く、オンプレのアプリも多い組織

判断の目安は「VPN経由でアクセスするオンプレのシステムがいくつ残っているか」です。数個なら条件付きVPNで十分で、ZTNA製品の費用と運用は正当化しにくいでしょう。逆に、リモートの人数が数百人でオンプレのアプリが十を超えるなら、アプリ単位で公開できるZTNAの方が、ファイアウォールのルールを人手で維持するより事故が減ります。

よくある誤解と弱点

最も多い誤解は「ゼロトラスト製品を買えば実現する」です。どの製品も、特定のリソース群に対するPEPを提供しているに過ぎません。IDの整理、端末の管理、権限の見直しという地味な作業を飛ばして製品を入れると、「ゼロトラストのゲートウェイの裏に、誰でも管理者になれるファイルサーバーがある」状態になります。次に多いのが「全部やらないと意味がない」で、これは逆です。MFAを管理者に必須にした日から、攻撃の成功率は下がります。

弱点も明確にあります。第一に、IDプロバイダー(IdP)が単一障害点になることです。Entra IDやGoogleの認証が止まれば、全社の業務が止まります。緊急用アカウントを用意し、IdP障害時に何ができて何ができないかをBCPに書いておく必要があります。第二に、SSOや先進認証に対応しないレガシーシステムです。これらはPDPの外側に残るので、ネットワークで隔離し、アクセスできる端末とユーザーを限定して「例外の一覧」として管理します。第三に、利用者の負担です。アクセスのたびに認証を求めると、人は回避策を探します。会社管理の端末では長めのセッションを許可し、パスキーで認証の摩擦を減らすといった設計が、原則を守りながら反発を避ける現実解です。

ポリシーの例外にした「サービスアカウント」と「API連携用のアカウント」は、ゼロトラストで最も見落とされる抜け道です。人のアカウントにMFAを必須にしても、バックアップソフトや複合機が使う共用アカウントがMFAなし・パスワード固定・管理者権限のまま残っていれば、攻撃者はそこを使います。90日プランのDay 1〜30で、人以外のアカウントの一覧を作り、権限を絞り、対話型サインインを禁止することを最初の作業に含めてください。

90日プラン:ID→端末→アクセス制御とログ

順序には理由があります。端末のポリシーを作るにはまず「誰の端末か」がIDと結びついている必要があり、アクセス制御のポリシーは「IDと端末の状態」を入力にするからです。IDより先に端末やネットワークから始めると、後で作り直しになります。以下はMicrosoft 365(Business Premium以上)またはGoogle Workspaceを使う100〜500人規模を想定しており、道具は既に契約に含まれているものだけで構成しています。

期間目標具体的な作業完了条件(数字で確認する)
Day 1〜30
ID
「誰が」を確定する全アカウントの棚卸し(人・共有・サービス)。90日以上サインインのないアカウントの無効化。緊急用アカウントの作成。管理者ロールの分離(日常用と管理用を別アカウントに)。管理者→全員の順にMFA必須化。主要SaaSのSSO化と退職時の自動無効化(SCIM)。サービスアカウントの権限縮小と対話型サインイン禁止MFA登録率100%、全体管理者が5人以下、休眠アカウント0、緊急用アカウントのサインインテスト記録あり
Day 31〜60
端末
「どの端末で」を把握し、状態を測れるようにするサインインログから会社データにアクセスしている端末を列挙し、管理外(私物・未登録)を洗い出す。MDM(Intune/Jamf)への登録。ディスク暗号化、OS更新、画面ロック、EDRの導入をコンプライアンスポリシーとして定義。ローカル管理者権限の剥奪。管理外端末からのダウンロード制限を「レポート専用」で試すMDM登録率95%以上、準拠端末率90%以上、EDR導入率が資産台帳と一致、ローカル管理者を持つ一般ユーザー0
Day 61〜90
アクセス制御とログ
「何に」を絞り、「気づける」状態を作る条件付きアクセスで「準拠端末からのみ」を主要アプリに適用(レポート専用→有効化)。SharePoint/ファイルサーバーの「全員」共有の廃止と所有者の明確化。サーバー・IoT・ゲストのVLAN分離。サインインログ・EDR・ファイアウォールのログを1か所に集約し90日以上保持。週次でアラートを見る当番を決める。机上訓練を1回実施「全員」に開かれた共有0、ログの保持期間90日以上、週次レビューの議事録が4週分、訓練の記録あり

Day 1〜30の作業はMFAの全社導入とSaaSのSSO/SCIM対応チェックリストで手順化しています。Day 31〜60の端末管理はIntuneでの端末管理、EDRの選び方はEDRの解説を参照してください。Day 61〜90のネットワーク分離は、まずサーバー用・IoT用・ゲスト用の3つに分けるだけでも横展開の経路を大きく減らせます。

条件付きアクセスに「準拠端末を要求」を追加するときは、必ず「レポート専用」で1〜2週間、誰がブロックされるかを見てから有効化してください。役員の私物iPad、委託先の端末、会議室の共用PCは、ここで初めて存在が分かることが多く、いきなり有効化すると初日の朝に問い合わせが集中します。ブロックではなく「ブラウザ閲覧のみ許可、ダウンロード不可」から始める方が、反発を招かずに原則を通せます。

SASE・ZTNA・SSEとの関係

製品カテゴリの略語は、ゼロトラストのどの部分をクラウドサービスとして提供するかで整理すると混乱しません。

用語提供するものゼロトラストとの関係必要になる境目
ZTNAアプリ単位のリモートアクセス(ブローカー経由、端末状態を評価)「アクセスはリソース単位」の実装VPN経由のオンプレアプリが多く、リモート人数が多い
SWGWebアクセスのフィルタリングとマルウェア検査端末からインターネットへの経路のPEP端末が社外で直接インターネットに出る前提になった
CASBSaaSの利用状況の可視化と制御(シャドーIT、DLP)SaaS側のPEP認可していないSaaSへの機密データ流出を止めたい
SSEZTNA+SWG+CASBをまとめたクラウドサービスPEPをクラウドに集約したもの上の3つを別々に運用するのが負担になった
SASESSE+SD-WAN(拠点間ネットワーク)ネットワーク層まで含めた統合複数拠点のWAN更改と同時に見直したい

Microsoft 365を中心にした組織なら、条件付きアクセス・Intune・Defenderの組み合わせで、SSEを買わずに90日プランの範囲は完了します。SSE/SASEの検討が意味を持つのは、拠点が複数あって拠点間のWANも更改する時期か、オンプレのアプリが多くZTNAが必要になったときです。

小さく始めるコツ

最初のPEPは、最も多くの人が毎日使い、最も多くの機密データがあるアプリに置きます。ほとんどの組織ではそれがMicrosoft 365かGoogle Workspaceで、ここに「MFA必須」「準拠端末からのみ」を適用できれば、メール・ファイル・チャットの3つが一度に守られます。ネットワークのマイクロセグメンテーションから始めるのは、効果が出るまでの時間が長く、途中で頓挫しやすいので後回しにします。

進捗は「感覚」ではなく4つの数字で追います。MFA登録率、準拠端末率、全体管理者の人数、「全員」に開かれた共有の数です。この4つを月次で経営層に見せると、ゼロトラストが抽象論ではなく「先月より侵入されにくくなった」という報告に変わります。そして、すべてのポリシーは最初にレポート専用で流し、影響を数えてから有効化する。この習慣が、原則を曲げずに現場との衝突を避ける唯一の方法です。

よくある質問

ゼロトラストとはどういう意味?

「社内ネットワークにいるから信頼する」という暗黙の前提をなくし、アクセスのたびにID・端末・アクセス先の条件を検証して最小限の権限を与える設計思想です。NIST SP 800-207が定義を整理しており、特定の製品を指す言葉ではありません。

ゼロトラストの3原則は?

「明示的に検証する」「最小権限でアクセスを許可する」「侵害を前提にする」の3つです。NISTの7つの基本原則を実務向けに圧縮したもので、それぞれMFAと端末状態の評価、権限とセグメントの絞り込み、ログ収集と監視に対応します。

ゼロトラストとVPNの違いは?

VPNは「ネットワークに入る」ための技術で、ゼロトラストは「何に、どの条件でアクセスできるか」を決める設計です。対立するものではなく、VPNにMFA・端末の限定・宛先の制限を加えれば、ゼロトラストの原則に沿ったVPNになります。オンプレのアプリが多い場合は、アプリ単位で公開するZTNAに置き換える選択肢があります。

ゼロトラストの弱点は?

IDプロバイダーが止まると全社が止まる単一障害点になること、SSOに対応しないレガシーシステムが例外として残ること、認証の頻度が上がると利用者が回避策を探すことの3つです。緊急用アカウント、例外の一覧管理、会社端末での長めのセッションとパスキーの活用で、それぞれ緩和できます。

まとめ

ゼロトラストは「中にいれば安全」という前提を捨て、ID・端末・アクセス先の条件で毎回判断する設計です。実装の順序はID→端末→アクセス制御とログで、Microsoft 365やGoogle Workspaceの契約に含まれる機能だけで最初の90日は進められます。VPNは捨てるのではなく条件を付け、サービスアカウントと管理外端末という抜け道を先に塞ぐ。ポリシーは必ずレポート専用で影響を数えてから有効化し、MFA登録率・準拠端末率・管理者数・全員共有の数の4つで進捗を示す。この進め方なら、製品を買う前に「侵入されにくく、広がりにくい」状態に近づけます。

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公開 2026.09.23 · 更新 2026.09.24
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